スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

キルギス大統領選挙2011 速報結果

大統領選挙選挙2011の速報結果が出た。

大方の予想通り現首相のアタンバエフが圧勝。


彼の記事はこちら → アルマズベク・アタンバエフについて


アタンバエフロゴ キルギス写真日記


アタンバエフのロゴ


選挙戦後半では南部地盤の候補者などが、支持を伸ばしており、
決選投票にもつれ込むのでは?との見方もあった。
しかし、蓋を空けてみるとアタンバエフ氏の独壇場となった。
(得票率が50%以上の候補者がいない場合、
上位2社の決選投票が行われる予定だった)


投票率は約60%。
アタンバエフの得票率はなんと62.8%。
16人もの立候補者がいる中でこの得票率は圧倒的。


全国民の(選挙権を持つ)の40%近くの支持を集めたことになる!




2005年のチューリップ革命では、
選挙結果の不正が疑われたことから、民衆暴動、革命に発展した。

今回の大統領選挙では、結果発表後の情勢は落ち着いている。

投票前からの予想通りアタンバエフが圧勝したことにより、
大きな問題が起こらないだろう。



11/1 追記

上の様に書いたのですが、次の日にはもういろいろともめておりました・・
こちら
キルギス大統領選挙 不正やり直し?




写真がお気に召したら応援クリックください↓↓
にほんブログ村 写真ブログへ 人気ブログランキングへ

関連記事
スポンサーサイト

アルマズベク・アタンバエフについて

アルマズベク・アタンバエフ
(Алмазбек Шаршенович Атамбаев)
1956年生まれ

キルギス共和国首相
(任期 2007年3月~11月、10年12月~11年9月)

アタンバエフ キルギス写真日記
(写真はerkintoo.kgより)



・主な経歴

56年 チュイ州アラムドゥン地区にて生まれる
80年 モスクワ経営アカデミー卒業
 卒業後は、ソ連キルギス通信省の技師として働き、その後も政府関係機関で働く。
89年 キルギスで最初の民間会社を設立。
93年 キルギスタン社会民主党を創設。
95年から国会議員に。
00年 大統領選に立候補(落選)。
05年 チューリップ革命では反アカエフ運動の主導者に。
 革命後は閣僚、首相を歴任
10年 革命後は副首相を経て首相へ就任
11年 大統領選挙に立候補



2010年の革命後、政権の中心として精力的に活動してきた。
その働きぶりは国民の間でも評価されており、人気が高い。
11年の大統領選挙において、
オトゥンバエワ後の一番の有力者と目されている。




外交政策は親ロシア的。

キルギスは米軍とロシア軍の基地が両方国内にある珍しい国。
経済援助や外交関係も常にアメリカとロシアの間で、天秤外交を繰り広げてきた。
ただ、アフガニスタンからの撤退など、
アメリカのこの地域へのコミットメントが弱まることが予想されるし、
10年のロシアの石油輸出の締め付けといったショック療法の影響もあり、
親ロ的な性格を持っている。

アタンバエフは大統領選挙への立候補表明後すぐに、
キルギス国内のアメリカ軍基地の駐留延期を拒否する発表をしている。



支持基盤はキルギスの北部地域。

キルギスは地理上の問題もあり、北部と南部の意見が対立しがち。
しばしば、それが深刻な政治問題を引き起こしてきた。
2010年の革命も、南部支持基盤のバキエフが北部勢力との権力抗争に敗れたという見方もできる。

アタンバエフは首相時代の仕事を通して、また選挙戦においても、
南部へも積極的に支持拡大を行ってきた。

しかし、南部からの立候補者が選挙戦を有利に進めるため、
北部vs南部といった対立軸を争点に持ち出してきている。

何かと問題の多い南部地域をどう修めるかというのが、
アタンバエフが大統領に就任した後にも問題として残されることになるだろう。



キルギス大統領選挙2011に関して

キルギスは大統領選挙一色。

10月30日(日)はキルギスの大統領選挙。
昨年2010年4月の革命後の初の大統領選挙ということで、注目度は高い。




テレビも選挙の報道でもちきり。
国営放送も毎日毎日にこんな↓CMをずっと流している。

大統領選挙2011 キルギス写真日記

(書かれているのは、上がキルギス語、下がロシア語で「選挙2011」)



あとは、こういう立候補者のCMとか。

大統領選挙CM キルギス写真日記





昨年の革命後、ローザー・オトゥンバエワが暫定的に大統領を務めている。
 彼女の記事はこちら → キルギス女性大統領ローザ・オトゥンバエワについて


彼女の暫定大統領への就任期限が、
2011年末までとなっているため、次の大統領を決める選挙が行われる。



現在、他の候補者から頭一つとびぬけて選挙で有力なのが、
現首相のアルマズベク・アタンバエフ。

現政権においても中心的な存在で、具体的な政策実行に関しては、
彼の影響力が大きいと言われている。

大統領制や外交問題などの政治問題に関しても現大統領の考え方と大きく変わらない。
彼が政権を引き継いだ場合、キルギスの政治は現在の比較的安定した状態で推移すだろう。



ただ、今二番手候補の
カムチベック・タシエフが急速に勢力を伸ばしている。
得票数が過半数に届かなかった場合、上位2名での決選投票になる。
現時点では、この2名による決選投票にもつれ込むのではという予測が強い。







ちなみにこの選挙にはギネスブック級の記録を更新した。

なんと大統領立候補者数が83名!!

いつもこの国の大統領選挙の立候補者数は多いが、
今回はかなり異様な人数に!



ただ、一次審査というか、足切りの様なものがあって、
それでだいぶ絞られる。

1、3万人の署名
2、10万ソム(約20万円)の供託金
3、キルギス語の試験


キルギス語の試験!?
と思うかもしれないが、
ここキルギスはロシア語があれば生活に問題がないということもあり、
キルギス語ができない人がけっこういるのだ!

今回の選挙でもこのキルギス語の試験でけっこうな候補者が落ちてた。。。
テレビでの公開試験だったの落ちた人けっこう可愛そう。




そんなこんなで色々なハードルで振り分けられて。

現在の候補者16人となった。


現在、選ばれた彼らが壮絶な選挙選を繰り広げている。



写真がお気に召したら応援クリックください↓↓
にほんブログ村 写真ブログへ 人気ブログランキングへ

関連記事

キルギス女性大統領ローザ・オトゥンバエワ(オトゥンバエヴァ)について

ローザ・オトゥンバエワ (オトゥンバエヴァの方が実際の発音は近い)
Роза Исаковна Отунбаева
(1950年生まれ)

キルギス初の女性大統領。
 在任 2010年4月~2011年12月(予定)

ローザオトゥンバエバ1 キルギス写真日記



2010年の4月の革命当時、彼女は      
野党第一党だった社会民主党(the Social Democratic Party of Kyrgyzstan)の党首だった。
革命後の政権の空白を埋めるため暫定大統領に就任した。

半年以内に大統領選挙を行い、新しい大統領が決まる予定で、
あくまでそれまでの暫定で大統領の職務を行う予定だった。

ただ、革命後もキルギス南部の情勢は安定せず、そのため大統領選挙が2011年に延期された。

その結果、オトゥンバエバは6月に信任投票を経て、
2011年12月まで暫定大統領に任命
された。


(2011年の大統領選挙でのオトゥンバエワの出馬は禁止されている。)

 → 2010年の革命の詳細に関してはこちらをどうぞ。




彼女の経歴を時代別に簡単に。


・大学教授時代

1950年 キルギス、オシュ州に生まれる。
1972年 モスクワ国立大学で哲学を修める。
その後、キルギス国立民族大学で教授として働き、哲学科の学科長も務める。
この時代に書いた論文が認められ、科学委員会の委員も務めている。


・外交に力を振るう

81年 キルギスの首都ビシュケク(当時フルンゼ)の共産党で働き始める。
その後、頭角を現し、80年代後半には既に、パリのUNESCOソ連代表、ソ連のマレーシア大使にと抜擢されている。
91年 キルギスがソ連から独立後、アメリカ大使、カナダ大使を兼任、外務大臣、副首相などを歴任している。
98年 イギリス大使。
02年 駐グルジア国連事務総長特別代表補佐を務める。


・本格的に政治活動へ

04年 キルギスに帰国。ATA - Jurt(祖国)党を結成し本格的な政治活動を始める。
05年 議会選挙で、彼女が過去5年間キルギス国内に永続的に住んでいなかったという理由で立候補を取り下げられた。
これが05年のチューリップ革命の発端の一つともなっている。
05年 チューリップ革命によりアカエフ政権が倒れ、バキエフが大統領に。
07年 議会選挙に当選。
09年 社会民主党の党首となる。
10年4月 革命により当時大統領だったバキエフが亡命したことにより、暫定大統領に。
11年10月~ 大統領選挙、大統領交代。 



国際色豊かなオトゥンバエワのキャリアは、語学力に裏打ちされたものでもある。
ロシア語、キルギス語に加えて、英語、フランス語、ドイツ語が堪能。


ローザオトゥンバエバ2 キルギス写真日記


人柄はとても穏やかで、知的。

長く外交に携わっていたためか、過激な発言も少なく、
政権運営においても出来る限り中庸の立場を貫いた。
2011年の革命後、南部の騒乱などの大きな問題はあったが、
キルギスの混乱した政情をひとまず乗り切った功績は評価される。




そんな彼女にも、ひとつだけ悪い点があります。

それは・・・
 写真映りが悪いんです。

何回か撮ったことあるんですが、綺麗に撮れる時が少ない。。
テレビ映りも悪く、特に大統領になりたての時なんかは、けっこうひどい映り方していることが多かったです。
今ではテレビ慣れしてきたのかだいぶ美しくなりましたが。
(あくまでテレビ&写真映りの問題で、実物はもうちょとよいです(^^ゞ 





写真がお気に召したら応援クリックください↓↓
にほんブログ村 写真ブログへ 人気ブログランキングへ

関連記事

キルギスの学校の制服と行事

キルギスの学校に制服はない。
ただ、生徒たちはきちんとした格好で学校にいく。

男子は黒いズボンにジャケット、
女子は日本のOLさんみたいな恰好になる。



何か行事ごとがあると、生徒たちは写真の様な正装になる。
ある日の小学校の行事の写真。


キルギスの小学生の正装

女子は赤い帽子にエプロン。
なぜエプロンかは謎だけど、正装はエプロン。
これは旧ソ連からの服装。


小学校行事1 キルギス写真日記


パリッとした格好の男の子も
何やら緊張した面持ちで待機。

小学校行事2 キルギス写真日記


ご近所の長老たち?!も何やら気合が入った服装で集まっています。

小学校行事保護者 キルギス写真日記


今日はえらい人たちの学校訪問だったんですね。
ローザ・オトゥンバエバ大統領(女性)に歓迎の挨拶を述べる生徒たち。


ローザオトゥンバエバ氏来校 キルギス写真日記






写真がお気に召したら応援クリックください↓↓
にほんブログ村 写真ブログへ 人気ブログランキングへ

関連記事

プロフィール

SHU

Author:SHU
シルクロードの遊牧民国キルギスで暮らしています。 美しく素朴なこの国の息づかいが聞こえるような写真を撮りたいと思っています!
ご意見ご感想などお気軽にコメントください。

~~~
2011~13年にキルギスに滞在していました。今はほとんど更新していませんが、当時のキルギスの様子が伝わればと思います。


・リンクはフリーですのでご自由に。
・相互リンクは随時募集しています。
・当サイトの写真をご使用になりたい方はご連絡ください。

記事ランキング
ブログパーツ
ブログランキング
一日一回のクリック
ありがとうございますm(__)m
にほんブログ村 写真ブログ 海外風景写真へ 人気ブログランキングへ

ブックマークはこちらから


最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新コメント
リンク
☆相互リンク募集中☆ お気軽にメールフォームから連絡ください♪
あし@
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。