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アルマズベク・アタンバエフについて

アルマズベク・アタンバエフ
(Алмазбек Шаршенович Атамбаев)
1956年生まれ

キルギス共和国首相
(任期 2007年3月~11月、10年12月~11年9月)

アタンバエフ キルギス写真日記
(写真はerkintoo.kgより)



・主な経歴

56年 チュイ州アラムドゥン地区にて生まれる
80年 モスクワ経営アカデミー卒業
 卒業後は、ソ連キルギス通信省の技師として働き、その後も政府関係機関で働く。
89年 キルギスで最初の民間会社を設立。
93年 キルギスタン社会民主党を創設。
95年から国会議員に。
00年 大統領選に立候補(落選)。
05年 チューリップ革命では反アカエフ運動の主導者に。
 革命後は閣僚、首相を歴任
10年 革命後は副首相を経て首相へ就任
11年 大統領選挙に立候補



2010年の革命後、政権の中心として精力的に活動してきた。
その働きぶりは国民の間でも評価されており、人気が高い。
11年の大統領選挙において、
オトゥンバエワ後の一番の有力者と目されている。




外交政策は親ロシア的。

キルギスは米軍とロシア軍の基地が両方国内にある珍しい国。
経済援助や外交関係も常にアメリカとロシアの間で、天秤外交を繰り広げてきた。
ただ、アフガニスタンからの撤退など、
アメリカのこの地域へのコミットメントが弱まることが予想されるし、
10年のロシアの石油輸出の締め付けといったショック療法の影響もあり、
親ロ的な性格を持っている。

アタンバエフは大統領選挙への立候補表明後すぐに、
キルギス国内のアメリカ軍基地の駐留延期を拒否する発表をしている。



支持基盤はキルギスの北部地域。

キルギスは地理上の問題もあり、北部と南部の意見が対立しがち。
しばしば、それが深刻な政治問題を引き起こしてきた。
2010年の革命も、南部支持基盤のバキエフが北部勢力との権力抗争に敗れたという見方もできる。

アタンバエフは首相時代の仕事を通して、また選挙戦においても、
南部へも積極的に支持拡大を行ってきた。

しかし、南部からの立候補者が選挙戦を有利に進めるため、
北部vs南部といった対立軸を争点に持ち出してきている。

何かと問題の多い南部地域をどう修めるかというのが、
アタンバエフが大統領に就任した後にも問題として残されることになるだろう。



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Author:SHU
シルクロードの遊牧民国キルギスで暮らしています。 美しく素朴なこの国の息づかいが聞こえるような写真を撮りたいと思っています!
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2011~13年にキルギスに滞在していました。今はほとんど更新していませんが、当時のキルギスの様子が伝わればと思います。


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